担任が生徒に怪我をさせ、父親から激しいクレームを受けた時の対応
前回は電話での対応についてお伝えしましたが、今回は以下のようなケースのトラブルが発生した場合の考え方についてお伝えいたします。
◆ ケース
教室内において多動傾向のある男子生徒(児童)が暴れだし、周囲に筆箱や鉛筆、また、ハサミ等を次々と投げつける危険行為に及んでいました。
男性の担任教師はこの行為を制止しようと大声で生徒を注意しました。しかし、それでも危険行為が止まらなかったので、すぐに当該生徒の腕を掴んで廊下へ連れ出し、危険行為を止めさせました。
この担任の状況判断が迅速だったことから、幸いにも周囲にけが人は一人も出ませんでした。
しかし、次の日、暴れた男子生徒(児童)の父親から担任に以下のような連絡がありました。
「息子が担任のあなたから腕を強く掴まれて廊下へ強引に連れていかれたと言っている。その際、手首に赤い痣ができるなど、怪我を負わされた。
医者から診断書も貰っているが、これは完全に教師の暴力事件であり犯罪だ。学校の今後の対応に納得出来ない場合、警察に被害を届けてマスコミにも話をする。」
◆ 学校の対応について
このようなケースが発生した場合、学校はどのように今後の対応について考えればよいのでしょうか?
勿論、本来の現場では、当該生徒(児童)の今までの指導状況の経緯、また、学校と父親との関係性にもよっても対応は変わってくるかと思いますが、この父親は今まで息子が担任から何度か口頭で注意されたことに対して、幾度となく「これは暴言だ!」との内容のクレームを学校に入れていました。
当該生徒は数か月前から、他の生徒を叩くなどのちょっかいを出していたことがあったため、この件で何度か注意を受けていたのです。
現在のこの状況を当該生徒の父親目線で冷静に考えてみると、恐らく「あの担任は本当にどうしようもない!私が何度も息子への暴言を止めるように話していたにもかかわらず、今度はそれどころか、とうとう怪我をさせられてしまった!あの担任を絶対に許すことはできない」と言うふうに感じているのではないでしょうか?
さて、このような状況の時に学校側としてどう対応すればいいのでしょうか?
まずは、怪我をさせてしまったことを限定的に謝罪することは現実的に避けられないと思います。
その後、なぜ手首を掴み廊下へ出す必要があったのかを論理的に説明できるようにしなければなりません。そして、相手が冷静になったら「息子さんのあの攻撃的な状態を放置していたら、他の生徒にハサミ等が刺さり、大怪我をする生徒が出ていた可能性が極めて高かった」ということを説明することが必要です。
例えば次のような話し方があります。
「担任の私としては、今まさに教室で行われていた危険な行為を止めさせるために、息子さんに直ぐに注意をしましたが、それでも止めなかったため、やむを得ず緊急避難的に腕を掴んで廊下へ連れて行きました。今回、もしクラスメートが怪我をしていた場合、状況によっては生涯その怪我の責任を息子さんが背負うことになるリスクも大きかったと思います。万が一失明でもさせてしまえば大変なことです。
このように腕を掴んで息子さんを廊下に出したのは、他の生徒の安全を確保するための緊急的な対応であり、同時に息子さんが加害者になり、罪を背負って生きていく状況を避けるためのものです。お父様には、今回、息子さんが他の生徒に怪我をさせなくてよかったと思って欲しいのです。それと弁護士にも確認しましたが、今回のように急迫不正の侵害に対し、自分または他人(他の生徒等)の生命・権利を防衛するため、やむを得ずにした行為を正当防衛といいますが、今回の場合はまさにそういうことだと学校としては捉えていますのでお父様が仰る犯罪行為には該当いたしません。
逆にこのような行為が今後も続き、お父様にもご理解を頂けないのであれば、安全面や今後の対応を考えると、当クラス(校)でのお預かりは現実的に難しくなってしまいます。
ご理解を頂けないのであれば、非常に残念なのですが、息子さんの今後のことについて一緒に考えましょう」
このようにある程度、冷静に且つ熱意を込めて、毅然とした態度で話すことが大切です。それが当該生徒やクラス全員の安全に繋がるのですから、本当のことを話すのに遠慮はいりません。
そして、このお父さんは、警察に被害を届ける可能性を示唆していましたが、このような時は、学校側が父親よりも先に警察に相談へ行くことが大切です。これも覚えていてください。
◆ しかし、その前に・・・
たとえ前述したような論理的な説明ができる状況になったとしても、それを相手が受け入れられる状態でなければ全く意味が無いという事も知っておく必要があります。それは、怒っている相手は判断力・理解力が低下していて、本能が優位で攻撃的な状態にあるということがその理由です。
要するに、相手がこのような状態にある限り、どんなに立派で論理的な説明ができたとしても、相手はそれを正しく判断することも、趣旨を理解することもできないため、その話の全てをあなたからの攻撃だと本能的に解釈してしまうということがあるのです。さらに別の視点では、この父親が学校の説明をそもそも受け入れられる人物なのか?
という見方も同時に必要となってきます。残念ながら、他人の話はどんなことであっても受け入れられない人が多少ですが存在します。そのような場合は、相手がどうすれば納得するのか?というパターンを対応状況の記録等から心理学的に分析する方法もあるのですが、現在の業務が著しく滞ってしまっていて、精神的にも限界であり、他の教員も含めて手を尽くした場合には、早めに「見切りをつける」という考え方を持つことも大切です。
いつまでも改善の余地が無いことを放置していても生産的ではありません。
「見切りをつける」具体的な方法については、公立・私立や学校種、また、職責によっても異なるため、一概には説明できないのですが、学校側が「見切りをつける」という考え方を現実的な選択肢として持っていない場合は、クレームの影響が拡大していき、収拾がつかなくなるケースが増えてくることも考えられます。現在、社会情勢の変化とともに、クレーム対応の在り方を転換させる時期に来ていることは間違いありません。
新しい法律や産業ができると社会全体の動きや人の考え方も当然変わります。学校もこれに合わせて柔軟に変化に対応していく必要があるのです。
このような変化ができない学校は、クレームによって教職員が疲弊し、それが大きな経営問題に波及していく状況を招いてしまいます。
学校や教職員、そして多くの子供たちを守るためにも、リスクマネジメントとしての価値観の転換、また、常識の上書きを行っていく時期が訪れているのです。
この記事は当機構が制作・発行している「学校リスクマネジメント通信」をWEB版として編集したものです。